森春樹『蓬生談』巻之六「蠎蛇の中にころびと云ふ一種…」より

ころび

 蛇の種類は数多くあることが知られている。
 筆者の郷土の山中にも、蠎蛇(うわばみ)のほかに、俗に「ころび」という蛇がいる。まれに草刈の者などが見かけることがある。
 「ころび」は、蛇とはいえさほど長くなく五十センチあまり、口が大きく、体の半ばに眼がある。腹の後ろが急に細くなって尾をなしている。宙を跳ぶこと三、四メートル。ときには六メートル近くも跳んで、着地すると同時にまた跳び上がる。
 かつて、玖珠郡の大工 吉兵衛という者が、田野村の街道で見たことがあると語った。形は上に言ったとおりで、色は青黒く、体に比して眼がとても大きかった、と。

 これとは別に、体長二メートル近く、胴回り六十センチばかりの蛇もいる。やはり色は青黒い。岡の城下で小相撲など取る柳川某という者が、直入郡の阿蘇野というところの春の野焼きを見に行った帰りに見たと語った。
 さらに、体長一メートル半で四足があるのもいる。鼻が尖って、いたって獰猛である。国東郡浦部の文殊の門前に出たところを、二、三匹の犬が攻撃したが、一匹の犬が尖った鼻で突かれて即死したので、他の犬は逃げたという。蛇龍の類だろうか。

 近江の国の立剛という僧の随筆に、「安芸と出雲の境の山には、今も胴が一つで頭が八つの蛇がいる」と載っている。そして、「神代の八岐大蛇は、その種の蛇の最も巨大なものだ」と述べているが、どうなんだろうか。
 また、「どんな山中であれ野中であれ、大蛇のいる所では必ず蝿を見る」という。心得ておくべきことだ。
あやしい古典文学 No.1111