長山盛晃『耳の垢』巻三十七より

八竜湖の燐火

 五六十年ほど昔、男鹿の八竜湖の水面に、宵を過ぎるころから、松明の大きさの火光が幾つとなく流れ漂った。
 火は西岸の辺りから次々に燃え出て、やがて湖上は一面に火光となった。まるで筑紫の不知火かと思われるほどだった。
 そのまま暁まで燃えて、だんだんと消えた。以後は今日まで、同様のことは起こっていない。

 火が出た穴は、熱泉の口となって今も残っている。涌き出る湯に触れた魚は爛れ死ぬか、不具になると、そのあたりの農民から聞いた。
あやしい古典文学 No.1117