村純清『奇事談』「水野逢霊」より

あわあわ

 宝暦十二年の夏のことだ。
 御徒(おかち)の水野弥五兵衛が、勤番で金沢の尾張町を通ったとき、同じ御徒組の川口半兵衛に出逢った。
 川口は江戸詰めのはずだ。しかも大病で臥せっているという話だった。あまりに不審なので、
「おぬし、江戸にて大病と聞いたが、いつ帰ったのだ?」
と言葉をかけたが、半兵衛はただ、
「あわあわ、あわあわわ……」
と応えるばかりで、たしかな返答もせずに行き過ぎた。

 後に聞けば、半兵衛は江戸で病死し、水野が出逢った日が、遺骨を江戸から送り出した当日であった。
 死者の望郷の一念が、遺骨に先立って帰ってきたのであろう。
あやしい古典文学 No.1125