人見蕉雨『井窓夜話』巻之上「竹田細工」より

竹田細工

 相模の鎌倉の辺りに、綿屋惣右衛門という大商人がいた。たくさんの家・蔵を建て並べ、近国に肩を並べるもののない富豪であった。

 天明のころ、「飯綱組」という盗賊団が、諸国の金持ちを大いに略奪して回った。
 飯綱組は綿屋にも狙いをつけて、偵察の者を二晩ほど忍び込ませたが、ちょうど時機が悪かったのか、店じゅう大酒盛の最中で、深夜まで寝静まらない。そのため探索もままならず、二晩とも空しく帰った。
 盗賊の中に、因幡小僧という忍びの名人がいた。隠れるときは一枚の紙の下でも身を隠しおおせ、逃げるときには一匹の鼠に変身すると言われるほどの者だった。
 今度は、その因幡小僧が綿屋に忍び込んだ。そして、
「家人はずっと奥の部屋で寝ており、下男下女は台所の棟の隅の方に伏していて、人がいるとは思われないくらい森閑としている。蔵の様子から見て、西の大蔵が金庫のようだ」
と報告した。
 これを聞いて、盗賊十人ばかりが、山蜂が巣を飛び立つがごとく隠れ家を出発し、夜更けに釣り梯子を用いて侵入した。だれにも気づかれずに西の大蔵の近くまで至り、中の様子をうかがうに、そろばんの音がしきりに聞こえてきた。
 鉄網窓から覗くと、蔵の戸の前の座敷が見えた。浅黄頭巾をかぶった相撲取りみたいな大男が、炉辺に胡坐を組んで座頭に按摩させていた。燈火の下には、硯箱を傍らに置いて帳面をつけ、そろばんを弾く男がいた。これでは蔵へ入れないので、空しく立ち帰った。

 翌日の夜、また侵入したが、前夜と同じだった。
 盗賊の中に一人、なかなか賢い者がいて、これが言うことには、
「あの三人はおかしい。胡坐を組んだ男はまったく動かないし、座頭は昨晩からずっと左手だけで按摩している。帳面をつける男は、そろばんの玉を、ただ一六一六とばかり弾いている。これは竹田細工のからくり人形にちがいない」
 皆で気をつけて見たところ、その者の言うとおりなので、窓を破って中に入った。案の定、三人は人形だった。
 蔵の戸を見るに、錠さえない。何の造作もなく入れる蔵だった。さっそく忍び入り、二階へ上ると、金箪笥と思われるものが幾つともなく積み重ねてあった。
 箪笥のうち一つの錠を捻じ切って引き出そうとしたが、どれほど金銀が詰め込んであるのか、なかなか開かない。力を込めて引っ張ると、ビンッと金属音が高鳴りして、やっと掌が入るほど開いた。火をともして見たら、何千両とも知れぬ金銀が収められていた。
 眼を射る金銀のきらめきに、皆大いに喜んだが、
「さっきの音はなんだ。もしや外に聞こえたのでは」
と気がかりでもあった。
「もし見つかったら斬り死にと覚悟しよう。宝の山に登りながら、空手で帰るということがあるものか」
 無理やりに引き出すと、ドン!ドン!ドン!という音が、人がいて打ち鳴らすかのように響き始めた。どういう仕掛けなのか、天井に吊り太鼓があって、それが撥もないのに、耳を聾するばかりに鳴り響く。
 盗賊たちは胆をつぶして、我先に二階から駆け下りた。そのときの階段の音がまた物凄く、まるで芝居の囃子のように諸方に響き渡った。
 ようよう蔵の戸のところまで戻ると、戸はだしぬけにカラカラ、ピシャリと閉ざされた。もはや籠の中の鳥と同じで、狼狽して駆け回っても逃れようがなかった。

 夜が明けると、大勢の捕り手に包囲され、一人残らず召し捕られた。すべて竹田細工の仕掛けに、してやられたのである。
 この者たちの白状によって、後日、余党も多数捕らえられた。
あやしい古典文学 No.1126