古賀侗庵『今斉諧』続志「芦葦中婦人」より

葦原の女

 山形の某人が、朝まだ暗い時分に、川へ魚釣りに行った。しかし河畔には一面に葦が密生して、釣りなど出来そうになかった。
 葦のない場所で釣るために、葦原の外側をめぐって歩き始めたが、それでは随分遠回りになる。いっそ葦の中を突っ切って行けば近道だと、手で葦を掻き分けながら、泥の中を進んだ。
 すると、わずか数歩ほどの近くから、赤子の泣くのが聞こえた。
 はなはだ怪しく思い、微かな朝の光の中に佇んで周囲をうかがうと、全身やつれ衰えた女が、骨と皮の体に髪を乱れ垂らして、葦の葉の上に影が漂うがごとく浮かんでいるのが目に映った。
 女は赤子を抱き、その子に痩せさらばえた乳を含ませていた。
あやしい古典文学 No.1129