佐藤成裕『中陵漫録』巻之二「徳七天狗談」より

足が黒い

 信州の徳七という者が、馬を引いて戸隠山の辺りへ行き、茅草を刈っているとき、二人の山伏が来かかった。
 片方は十七八歳くらいで、綿布の衣を着て短刀を腰に差し、たいそう綺麗な顔をしていたが、その山伏が徳七を呼んで尋ねた。
「山中で道に迷った。街道に出るには、どの道を行ったらよいか」
 徳七は丁寧に教えてやった。山伏たちは示された方へ行こうとして、一人が刈り伏せてあった青茅の上で滑って転んだ。
 そのとき徳七は、めくれた衣の下の足を見た。それは人の足ではなく、墨で塗ったように真っ黒なものだった。
 『この者たちは人間ではない』。大いに驚き、茅を馬に付けて帰り道を急いだが、およそ半里ばかり行ったところで、人の登りえない絶壁の上に二人が立って、こちらをじっと見ているのに気づいた。
 徳七はますます怖気づいて、茅を打ち捨てて馬に飛び乗り、鞭を当てて走り帰った。

 それから数日間病みついた。
 ようやく平癒すると、たまたま同地に滞在していた筆者に、詳しく体験を語ったのである。
あやしい古典文学 No.1137