森島中良『紅毛雑話』巻ノ四「疫癘の濫觴」より

ペスト

 西洋で恐るべき疫病が流行した。始まりはこうだ。

 ある国の人が南の海を航海しているとき、大きな島を見つけた。
 船を着けて上陸し、二、三里ばかりも探索して歩いたが、人家はもとより、草木の一本もなく、水を汲む泉の一つもなかった。
 時おり大風が吹き抜け、するとただならぬ腐臭が鼻をついて、もはや堪えがたかったので、急いで船に戻って岸を離れた。
 離れて見れば、島ではなくて、大魚が死んで浮かんでいたのだった。
 上陸して臭気を浴びた者たちは、本国に帰って後、大熱を発して命を落とした。
 そこから疫病は、ヨーロッパじゅうに伝染していったという。

 これは龍橋世子が話したことで、オランダ通詞の楢林重兵衛から聞いたそうだ。
あやしい古典文学 No.1144