菅江真澄『かたゐ袋』より

共喰い島

 松前領上磯の沖、江差からは十八里北に、「おこしり」という島がある。広さは二十里あまり。むかし寺があったらしく、礎が残っている。
 今はただ、蛇と鼠ばかりが棲む島だ。蛇が多い年には鼠が蛇に喰われ、鼠が多ければ蛇が鼠に喰われる。

 鼠の群集する音は、アジガモの群の羽音にひとしい。辺りの磯のアワビなどは、鼠がもぎ取って山へ持ってゆき、群がって喰らう。木の根を掘り喰らい、たいそう多く生えている篠竹を、先端までむしゃむしゃと喰らう。
 海岸近くで難破した船の船頭が、猫を二匹、この島に捨てたが、猫は怯えて鼠の大群に近寄ることもできず、逆に襲われて岩礁などに逃げ登った。その後は、逃げ惑ったすえに海に入って溺れ死んだか、あるいは鼠に喰われてしまったのであろう。
 食物が乏しいと、鼠は共喰いする。凄まじい声と喰い合う音が山にも海にも響き轟いて、その恐ろしさを、この島に住むわずかの人々は暗澹とした気持ちで堪えるしかない。

 ここには蕗も多い。茎の周囲は五六寸、高さは五尺から七尺に及び、大きな葉は径五六尺もある。それが一面に生えたさまは、蕗の林ともいうべきものだ。密生して霧さえも洩らさないから、下草はまったく育たず、歩く人は竹藪などを分け行く思いをする。
 いつのころの話だろうか、雪峯和尚がこの島に庵を結んで、年を越されたことがあったそうだ。
あやしい古典文学 No.1145