森春樹『蓬生談』巻之九「海鼈の異類二事」より

海亀の異類 二件

 筆者が壮年のころ、博多の人に聞いた話だ。
 その人は、肥前の生月島へ旅したとき、マグロ網にかかって引き上げられた異形のものを見たという。
 形は全く人と同じだったが、全身蒼黒く、皮膚は亀のような肌理をしていた。顔面の形状もおおむね人のようで、ただし鼻は低くひしゃげ、額の際から頭いちめん首のところまで、穿山甲(センザンコウ)のそれのような鱗甲があった。
 また、指の股には水かきがあった。身の丈は、立たせてみれば四尺あまりと思われたが、砂の上に這いつくばって動こうとしなかった。
 漁師たちは、
「こいつは亀の仲間にちがいない。亀は酒が好きだから、試してみよう」
と、鉢に酒を盛って目の前に出してやった。
 そいつが口をつけて酒を飲んだので、やっぱり亀の仲間だったということに決まって、抱え上げて小船に乗せ、沖へ漕ぎ出した。
 船べりから海面をのぞかせると、たちまち飛び込んで、底のほうへ姿を消した。たいそう素早かったそうだ。

 近年の話。
 豊前国の京都郡行司村・大橋村の沖にある蓑島の漁師が、漂流していた魚網を見つけて引き揚げようとした。
 たいそう重く、数人がかりで徐々に引き揚げると、網には蒼黒い五斗俵のような獲物がかかっていた。
 よく見ると、縦に筋があって、まるで瓜の筋のようだ。どちらが頭でどちらが尻か、判別しがたかった。一方の側は皮が畳み込まれて、亀などが首を引き入れたようだったから、鉤を押し入れ、引き出したところ、大きな亀の首が現れた。しかし、もはや死んでいて動かなかった。
 これは何というものなのか、知る人はなかった。
 網には、同国中津付近の子祝浦の猟師の名札がついていた。後に子祝の人に聞くと、沖で綱が切れて流れた網なのだった。
あやしい古典文学 No.1147