『奇異怪談抄』上之下「歙客」より

薬草

 歙客(きゅうかく)という人が、中国安徽省の潜山を通り過ぎるとき、腹の異様に脹れた大蛇が草むらの中をよろよろと這っていくのを見た。
 やがて大蛇は、一つの草を取って噛み潰し、それを腹の下に敷いて、しきりに擦りつけた。すると不思議や、膨満はすっと癒えて普通の腹になり、大蛇は走り去った。
 歙客は、『あれは腸満や腫毒を消す薬なのだ』と思い、その草を採集して箱の中に収めた。

 ある夜、歙客が泊まった宿の隣室から、急病で呻く旅人の声が聞こえた。行って尋ねると、
「腹が張って、ひどく痛む」
と言う。そこで、例の草を煎じ、一杯飲ませた。
 しばらくすると、苦痛の声が聞こえなくなったので、病気が良くなったのだと思った。
 夜明け近く、隣室から水のしたたる音がした。病人の名を呼んだが、返事がない。
 火をともして見に行ったら、その人は血肉がみな溶けて水となり、骨ばかりが残って寝床に横たわっている。歙客は仰天して、そのまま宿から逃げ出した。
 夜が明けて、宿の主人が現場を目にしたが、何が起こったのか見当もつかなかった。
 不思議なことには、かの薬草を煎じた釜が、まったく黄金と化していた。主人は、わけがわからないながら、黄金の釜を手に入れ、人の骨は土に埋めた。

 年を経て大赦が行われたので、歙客はかつての宿に舞い戻って、真相を語った。それによって、この話が世に伝えられたのである。
 かの大蛇は、小児を呑んで腹が脹れたのだろう。草は、人を消す薬にちがいない。
 『本草綱目』に、「海芋という草を練って黄金を作る」とある。その草ではあるまいか。
あやしい古典文学 No.1151