『拾椎雑話』より、「焼火箸の歌」

木崎惕窓『拾椎雑話』巻二十三より

焼火箸の歌

　藤五郎太夫という者が、馬を引いて家へ帰る途中、前方を狐が行くのを見た。
　ちらちらと見え隠れするうち、狐はいつの間にか、十五、六の娘になった。

　藤五郎太夫は、『狐が惑わそうとしているのだ。よし、それならば……』と思って、自分から近づいていった。
「娘さん、どこへ行くのかね」
「二、三里ほど下手のほうに参ります」
「それならちょうどよい。道が同じだから、馬に乗せてあげよう」
「まあ、それはご親切に」
　礼を言う娘を抱き上げて馬に乗せ、縄で腰の周りを鞍に括りつけた。
「きついです。もうちょっと緩めてください」と頼むが、
「いや、もしか落ちたら一大事」と聞かず、一つの村を過ぎるとき、
「ここで下ろして」と頼んでも、
「わしの村も近い。それまでは下ろせない」と断った。
　やがて我が家の門口に馬をつけ、娘を抱え下ろして中に入ると、柱に縛りつけた。
「やめて。何するんですか」
「うるさい。さっさと尻尾を出せ」
　藤五郎太夫が火箸を真っ赤に焼いて、娘の体のあちこちに押し当てると、たちまち狐の正体を現し、コンコンと鳴いた。
　縄を解いてやったら、そのまま山のほうへ逃げ去った。

　その夜おそく、藤五郎太夫の苗代田に、おびただしい数の狐が来て歌った。
　　　　藤五郎太夫の焼火箸
　　　　熱かったよぉ
　　　　悲しかったよぉ
　歌いながら、苗代田を残らず掻きまわして、滅茶苦茶にした。
　これにより藤五郎太夫は、人生最悪ともいうべき大損害をこうむった。

あやしい古典文学 No.1152

座敷浪人の壺蔵

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