松浦静山『甲子夜話』巻之十四より

狐を苛める女

 平戸近辺の村医者である玄丹のもとへ、あるとき村の女が呼びに来た。夫の病気を診てほしいのだという。女は玄丹の薬箱を持ち、先に立って案内した。
 途中、道端で狐が寝ているのを見て、女が言った。
「あの狐を、ちょいと苦しめてみせましょうか」
「そりゃ面白いな。どうするんだ」
 玄丹が乗り気になると、女はいきなり、手で自分の喉を絞めた。するとのんびり寝ていた狐が驚いて身を起こし、息苦しそうに悶えた。
「もう少しきつく苦しめてやりましょう」
 両手で喉をいよいよ強く絞めると、狐はますます息ができず、地面をのたうちまわった。
 女がさらに、自分の息が止まるほど喉を絞めると、狐はとうとう気絶した。
 玄丹は一笑して女とともに家へ行き、病人を診察して薬を与えて帰った。

 それから四五日過ぎて、また同じ家から「病人が出た」と呼びに来た。
 先の病人が再発したのかと思って行ってみると、今度は妻である女が、発狂状態になっていた。
 聞けば、狐が憑いたらしく、さまざまな譫言(うわごと)を叫ぶのだった。
「おのれ、憎いやつ。こないだ道で寝ていた俺を、面白半分に絞め上げ、悶絶するまで苦しめたな。この女の仕業とは知なかったが、あとで近所の者に話して笑いものにしているのを伝え聞いたのだ。今その怨みを報いて、とり殺してやる」
 玄丹も身に覚えのあることなので、驚きたじろいで聞いていたそうだ。
 その後どうなったかは知らない。
あやしい古典文学 No.1157