松浦静山『甲子夜話』続篇巻之七十より

盲盗

 我が側近の者が、親しい町同心から聞いた話を語った。

 青山あたりに按摩稼業の盲人がいた。
 盲人は、同じ町の老夫婦のところへたびたび按摩に行くうち、金子の蓄えがあることを知って、三年前の正月四日、家へ忍び込んで夫婦とも絞め殺し、金三百六十余両を盗み取った。
 このときは、盲目でない者一人を語らって犯行に及び、逃走の途中で共犯者を、按摩の急所を突いて殺して、金はすべて独り占めした。

 その後、去年の十二月に、山の手の某寺へ行って和尚の按摩をしているとき、役僧が来て和尚と金談するのを聞き、金子があることを知った。そこで、眠気を催すようにゆるゆると按摩を続けた。
「ああ、いい気持ちだ。急ぎの用がないなら、眠り込むまで按摩を続けてくれ」
「承知しました」
 そのまま和尚が熟睡するのを待って、あっさりと縊り殺した。それから下の間へ行って、寝入っていた小僧と下男も縊り殺し、ふたたび和尚の部屋へ戻って、金子が仕舞ってありそうな器物を物色した。
 ところが、そこへ急に役僧が戻ってきた。役僧は、ばったり遭った相手が按摩の盲人だと気づかず、
「どろぼう、どろぼう…」
と声を上げた。盲人は慌てて逃げようとして転倒し、手足に負傷しながらも、懸命にその場を逃れ出た。

 盲人は、なんとか家に帰り着いたものの、この度の不手際で捕縛の手が伸びるのは避けがたいと思ったか、自殺しようと包丁で首を突いたけれども死にきれず、この正月四日に町同心に捕らえられた。
 ただちに役所でひととおりの尋問があり、次の調べは十九日からだという。
 四日の尋問のなかで、同心が質した。
「計六人も絞殺できたことから考えるに、少しは目が見えるのではないか」
「両親の話では、三歳の時に盲目になったそうです。以来、ものが見えたということは全くありません」
 盲人がこう答えても、なお疑わしく、瞼を押し開けて調べたところ、まぎれもなく盲目と分かり、同心たちは、あらためてその大胆さに驚いた。

 盲人を捕らえた同心は、三年前の青山の夫婦絞殺の見分に行った者だった。捕縛の日が青山の犯行と同じ正月四日だったのも、不思議な因縁といえよう。
 なお、三年前の事件で按摩の技で殺された共犯者は、外傷がなかったので行き倒れとして片付けられていたのが、この度の白状で事実が明らかになったものである。
 このように極悪な盲人であるから、調べればほかにも余罪がいろいろ現れるにちがいないと、役人たちは言い合ったそうだ。

     *

 別に、盗賊方の同心が話したという異聞がある。

 かの盲人は、ふだんから博奕(ばくち)を好み、そのうえ力自慢で喧嘩が強かった。だから、青山で老人夫婦を絞殺したというのも、この者なら無理はない。
 寺の和尚のときには、肩を揉みながら、
「これは大変な凝りようですな。このままにしておいては、早打肩を発して大変なことになります。さいわい妙薬を知っていますから、お教えしましょう。さあ、これこれを買ってきて、肩に塗りなさい」
などと言って、下男を薬屋へ買いに遣らせておいて、後ろから和尚の喉に手拭を廻し、絞めにかかった。和尚は驚いて押しのけようとしたが、もとより腕力にまさる盲人だから、ついに絞殺された。
 死体を外へ出し、障子を閉めて、室内をあさって金子を探しているうち、下男が帰ってきた。
「おや、和尚様はどちらに?」
「さっき便所へ行かれた」
 返事すると同時に、盲人は下男の襟をとって引き寄せ、隠し持った火箸で、片手突きに突こうとした。
 下男は驚きながらも抵抗し、その掴み合いの物音で、外の和尚の死体が息を吹き返した。和尚は大いに騒ぎ、寺の鐘を激しく打たせた。
 近隣の人々が駆け集まってきたので、盲人は慌てて逃げ去った。しかし、これによって速やかに捕らわれる次第となったのである。
あやしい古典文学 No.1166