古賀侗庵『今斉諧』巻之四「木像言」より

抱き寝の木像

 大御番士の某は、新吉原遊郭のある遊女に深く親しみ、はなはだしいまでの恋情を注いでいた。
 ところが、大阪在番の命が下って、当分江戸を離れねばならなくなった。某は悲しみの涙とともに、遊女にしばしの別れと告げた。
「遠からず再会できるとはいえ、その日を一日千秋の思いで待つことだろう。逢いたい気持ちを慰めるため、一計を案じた。巧みな職人におまえの木像を刻ませ、それを連れて行こうと思う」
 遊女そっくりの木像が出来上がった。某はそれを携えて大阪へ赴任し、夜は必ず抱いて寝た。
 ある夜、いつものように木像を抱きしめていると、像がアハン、ウフンと声を発した。
 某は仰天して病を発し、それがもとで死んだ。

 いやはや、色情に迷うとは、まさにこういうことだ。
 怪異が生ずるのは、その人自らにおいて生ずるのである。木像が実際にものを言ったりするはずがない。
あやしい古典文学 No.1167