古賀侗庵『今斉諧』巻之四「猫王」より

猫王

 仙台から三十里隔たったところに、正法寺という寺院がある。
 この寺には大鼠が棲み、重楼の上層階を根城にしていて、そこへ人が登ることはできなかった。
 猫を遣って獲らそうとしても、みな大鼠の敵ではなく、かえって片端から噛み殺されて死屍累々。しまいには住職の僧まで食われて死んだ。

 新任の住職は、こうした事態をたいそう恐れ憂えて、なんとか大鼠を殺さんものと、人を派遣して豪傑の猫を捜し求め、ついに一匹の並々でない猫を得た。
 その猫は、ある夜、住職の夢にあらわれて言った。
「鼠は恐ろしく大きい。我ひとりの手に負える相手ではない。これから京都へ行って、友達に手助けを頼もうと思う」
 猫はいったん寺から姿を消し、十日あまり後、また住職の夢に出てきた。
「我が友は明日、必ず来る。明日のうちに鼠を誅殺するつもりだが、命がけで逃げようとするかもしれない。人を集めて楼の周囲をかため、大声をあげて助勢してもらいたい」
 翌日、住職は近村を回って大いに呼びかけた。
 その夜、寺に集まった人々は、提灯を提げ、刀を持ち、楼の下で身構えた。
 突然、追いつ追われつする物音と争闘の声が、楼上からもの凄く響き渡り、しばらくして、一転静まり返った。
 楼に上って見ると、鼠が死んでいた。その大きさは犬ほどもあった。京都から来たとおぼしい猫も、鼠の傍らに倒れて、すでに絶命していた。
 寺の猫は、疲労困憊で起き上がることも出来なかったが、薬など与えて養生させ、やがて元気になった。

 これは数十年前の出来事である。
 以来毎年、闘いのあった日には、無数の猫が寺に集まり、その鳴き声が境内に満ち満ちる。
 人々の言うには、『死んだ京都の猫は、猫の王だったにちがいない』と。
あやしい古典文学 No.1169