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鈴木桃野『反古のうらがき』巻之二「鶯」より |
夜の鶯 |
かつて、四谷信濃町の永井飛騨守屋敷に広い竹薮があった。そこは垣根が生え揃わず、人が出入りするのも難しくなかった。 ある人が、夜更けにその辺りを通ったら、ちょうど初夏のころで、鶯(うぐいす)が巣立ちするらしく、ヒイヒイという声が聞こえてきた。 『こりゃあいい。こっそり中へ入って子鳥を獲ろう』と思って、まばらな生垣を踏み越えて声のする方へ向かった。 月は雲に隠れ、もとより竹も密生しているから、ずいぶん暗い。『このへんかな』と立ち止まって手探りすると、木からぶら下がる人の足があった。 『さては、一足先に獲りに来た者か』とよくよく見れば、木の枝で首を吊っているのだった。ヒイヒイというのは、いまだ少し息があって苦しむ声だった。 その人は「うわっ」と叫んで逃げ出したが、さいわい誰にも聞かれず、近所に住んでいたので急ぎ我が家へ帰って、何食わぬ顔をしていた。 後に、「恐ろしいと思うときには、人目を避けることをしながらも、我を忘れて声を立てるものなんだねえ」と笑って話したという。 |
あやしい古典文学 No.1172 |
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