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『訓蒙故事要言』巻之六「埋首偽体家」より |
首の行方 |
中国の話で、唐の後の五代のころのことだ。 ある商人が外出先から戻ったら、家の中で妻が殺されていた。びっくりして近寄ってみると、死骸の首がなかった。 どうして殺されて首を持ち去られたのか、不可解に思いながら、急いで妻の父のところへ行って事情を告げたところ、舅は、 「ほかの誰がそんなことをするものか。婿のおまえがやったにちがいない」 と怒って、奉行所へ訴え出た。 取り調べの奉行たちも婿が犯人と目星をつけ、まさに牢に入れようとしたとき、一人の奉行が疑いを口にした。 「この事件、どうも子細がありそうだ。まず夫のほうに、日ごろ親しんだ妻を殺すほどの特別な理由が見当らない。かりに、本当は夫婦仲が悪くて殺すに至ったとしても、病死や事故死に見せかけて犯行を隠そうとするはず。そんな工夫もなく、いかにもあやしい首なし死体が転がっているさまは、とうてい夫が殺したとは思われない」 それもそうだということになって、奉行所は捜査に乗り出した。 ほうぼうの日雇い働きの者どもを呼び集め、 「おまえたち、このごろ葬礼の家へ雇われた際、何か不審に思ったことはないか。何であれ一々詳しく申せ」 と質すと、一人が言った。 「某家へ雇われたときのことです。乳母が死んだということで、棺を担ぎましたが、ことのほか軽くて、中に死骸が入っていないかのようでした」 ただちに埋葬場所へ行き、掘り出してみると、棺には女の首だけが入っていた。 ところが、舅を呼んで確かめさせたところ、 「これは、私の娘ではありません」 と言う。 そこで、首だけ入った棺を埋めさせた者を呼び出して、あれこれ詮議し、拷問を加えて糾問して、ついに始終が判明した。 その者は、かの商人の妻と密通していたが、なんとかして自分のところに呼び迎えようと企み、わが家の乳母を殺して首を切り、体にかの妻の衣装を着せて商人の家に置いたのである。 商人の妻は、その者の家に隠れていた。二人とも重い刑に処せられたのは言うまでもない。 |
あやしい古典文学 No.1177 |
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