上野忠親『雪窓夜話抄』巻之五「蜂須賀家妖怪の事」より

蜂須賀家の幽霊

 岩越権太郎は、岩越次郎左衛門の弟である。豊姫様付きを仰せつかり、輿入れ先の蜂須賀家へお供して仕えていたが、ある年、休暇をもらって因幡へ帰ってきた。
 兄の次郎左衛門は、「一族の者や知人に会って今生の名残を惜しむがよい」と言って、人々を私宅に招き、昔から今にいたる四方山の話をする機会を設けた。筆者もその席に列して、権太郎に会った。
 そのときに、権太郎が語ったことである。

「世の中には不思議なことがあるもので、昔から蜂須賀の家には幽霊が出ると言われ、家来衆は誰でも知っていて、ふつうに話もすることなのです。
 この幽霊は何の害もなさず、ただ時おり人の目に見えるだけです。見た者は大勢おり、べつに珍しいものではありません。
 私が見たのは、月の夜、庭をあっちこっち行き来する姿で、一見、尋常の人間と変わらない様子でした。地白の晒布の帷子に杜若の模様の付いたのを着て歩き、人のいる方を見て愛想よく笑うばかりなので、恐ろしくも何ともありませんでした。
 この幽霊は、白昼に見えることもあるそうです。御用部屋のなげしの上から顔を出すなどして、人を見て笑うのですが、皆いつものことなので驚きもせず、無視して仕事を続けていると、いつのまにかいなくなっているそうです。
 ただ、気味の悪いことには、お座敷の内の納戸のような一部屋で、時々天井から血が降ります。物にかかると朱が染みて、まったく本当の血のようなのです。……」

 筆者が思うに、血が降るというのは、天井の上の梁が腐り、湿気に蒸された液汁が血のごとき色になって落ちるのではないか。幽霊のなすところではないような気がするが、どうだろう。
あやしい古典文学 No.1178