横井希純『阿州奇事雑話』巻之二「所々蟒」より

うわばみ三話

    (一)

 阿波の海部郡牟岐浦の沖あいに、周囲三里の大島という島がある。この島にうわばみが棲んで、ときどき本土の浜手の山にも泳ぎ来るという。
 大島にもともと人家はない。ただし近ごろは、山の番として女の親子を住まわせている。鹿が随分たくさんいるから、うわばみは、それを取って食っているのだろう。
 最近、鹿のことを聞いた徳島の若者が、この島で猟をしようと、四五人で海を渡った。鹿が多いというのは本当で、一日でかなりの獲物があった。
 若者たちは、明日も猟をしようと決めて山中で夜を明かした。すると、繁った林の梢か、そのあたりの空中から、音楽が聞こえた。鼓と笛の音があって、かなり怪しく思ったが、ほかには少しも変わったことはなかった。
 その後、これを伝え聞いた別の者が、島へ行って樹下で夜を明かしてみたところ、真夜中に、たしかに音楽を聞いたという。
 不思議なことで、信じ難いけれども、人々の語るところのあらましを記しておく。

    (二)

 少し昔のことだ。
 東国の信心者が、親鸞の高弟二十四人の遺跡を巡拝する「二十四拝」の一人旅に出て、南部領の山中で行き暮れた。
 一つの家があって、父親と息子の二人で暮らしており、その粗野な様子を危ぶみながらも、ほかに家はないから、泊めてもらった。
 夜のうちは何も変わったことがなかったが、翌朝、親子は、
「とにかく、この旅人に頼んでみよう」
と囁きあい、二人並んで手をついた。
「客人に折り入ってお願いがござる。聞き届けてくださらんか」
 そして、いかにも丈夫そうな丸い大籠を持ち出してきた。
「しばらくの間、この籠に入ってくだされ」
 急にそう言われても、なにやら気味が悪い。返答しかねているのを見て、親子は山刀をそれとなくちらつかせ、
「ぜひとも籠に入られよ。心配は要らない。わけは後で話す」
と、顔色を変えて迫った。
 逆らっても無駄だと観念して籠に入ると、上から蓋をして細引縄でくくり、担い棒を通した。親子は身ごしらえをして鉄砲を持ち、籠を担って山の奥深くへと入っていった。
 やがて、大きな池のほとりに着いた。
 親子は、池上に横たわるように生えた古松に籠を吊り下げ、傍らの茂みに隠れた。旅人は、籠の中でただ念仏を唱えるしかなかった。
 しばらくすると、池水を騒がして大蛇が浮かび出た。松に巻きつき、旅人を呑もうと首をのばすが、籠の中なので難しく、じっと見入っていた。
 そのとき、親子が二方向から鉄砲で、蛇の喉と口とを射撃した。ともに命中して、蛇は即死した。
 親子は籠を引き寄せ、縄を解き、旅人を出して何度も拝した。
「おかげで仇が討てました。くわしいことは、家に帰って申し上げましょう」
 さて、家へ帰ると、
「去年までは、わしの妻も存命で、親子三人で暮らしておりました。去年夏に夫婦連れであの池の傍らを通ったとき、あの大蛇が出て追ってきました。懸命に逃げましたが、妻はついに呑まれ、わしだけ助かったのです。なんとか仇を討とうと、息子と相談し、わしらは猟師ゆえ、親子のうち一人が籠に入って餌になり、大蛇をおびき出して鉄の弾で撃ち殺そうと考えました。しかし、一人では籠を松に吊り下げることが難しく、また鉄砲一挺では撃ち損なうやもしれません。やむをえず今朝、客人に無理強いをいたしましたが、おかげをもって仇討ちがかないました」
 親子は一部始終を語って、厚く恩を謝したという。

    (三)

 三四十年ほど前のことらしい。
 信州木曽の山中、街道から少し入ったところで、うわばみが巨木の太枝に胴を巻きつけて首をのばし、大熊をくわえて引っ張り上げようとした。
 熊は木の根や岩角などに取り付いて、引かれまいと頑張った。
 ある人がこの争いに出くわし、珍しいことだと見ているうち、だんだんと人が集まって、時がたっていった。
 大勢が見るのも恐れず、うわばみと熊は命のかぎりに引き合ったが、しだいに熊が弱るように見え、かわいそうに思った人が、握り飯を持っていって熊に食わせた。
 握り飯で熊は元気百倍、木の根につかまって一気に引っ張ると、うわばみはたまらず胴が千切れて死んだ。
 熊は悪蛇の喉を逃れて、山中深くへ走り去った。
あやしい古典文学 No.1180