長沢理永『土陽隠見記談』より

魔所の惨死体

 寛保二年、当国土佐での出来事だ。

 ある夜、二人の猟師が、鹿を待ち伏せして獲ろうと、荒倉吉良ガ峰の「カレ松のヌタ」という所へ向かった。そこは、魔所として知られる吉良ガ峰の中でも、昼でさえ怪事があると言われる場所であった。
 二人が着いて、まず辺りを調べたところ、大量の血が地面にこぼれているのが見つかった。『手負いの鹿の血にちがいない』と思い、血のあとを追って二三町行くと、木こりなどが通る道に出た。
 その道に、年のころ五十ばかりの長髪の男の死体があった。うつ伏せに倒れて、背中の首の下から尻までを引き裂かれていた。
 時刻は、夜がほのかに明けようとする時である。怪妖に脅えた猟師たちは村まで逃げ帰り、昼ごろになってから庄屋に報告した。
 庄屋は、
「何にしても、人の死んでいるのを知りながら、そのまま捨て置くわけにはいかない」
と、人を集めて現場へ行った。
 しかし、そこに血のあとはあったけれども、死体はなかった。
 その後も、どこかの村で人が失せたという話を聞くこともなかった。
あやしい古典文学 No.1193