堀麦水『続三州奇談』六ノ巻「七尾網燐」より

七尾の燐火

 七尾の古城跡に燐火がある。
 燐火はどこの国にもあり、どこの国でも怪異とするが、考えてみると、多くは鳥の類だ。ただし火に大小があって、必ず鳥だとも言い難い。

 七尾には、「夜鳥」というものが多い。たいてい形を見せずに水筋に飛び下って、水鶏(クイナ)に似た大きな声で鳴く。その行動はいっこうに分からないとはいえ、夜毎に出るのは餌を取るためと思われる。
 ごくまれに、夜鳥が空中を飛び過ぎるのを見ることがある。鳩よりも大きく、尾が長い。飛び方は燕に似て、羽を翻す力強さは比類すべきものがない。大虫喰(オオムシクイ)の仲間とも思われるが、定かでない。たちまち数里を飛び去って後、羽ばたきの音が聞こえる。時おり火光を発するという。話に聞く「冶鳥」の類か。
 古来、この鳥を捕らえた者はいない。ただ夜鳥とのみ呼ばれて、じつに知られることのない鳥である。

 夜の火といえば、「闇夜茸」というものがある。闇夜に、これを二三本提げて歩けば、三四尺四方を昼のごとく明るく照らす。多く生えている場所を遠くから見ると、火が燃えているように見える。
 この茸を煮て食うと、多くの場合、吐瀉して病み伏す。味もひどいものだから、決して食ってはならないという。
 蜘蛛の火とか、海月(クラゲ)の火なども知られる。

 七尾の東辺の町に、越後屋仲介という人がいた。
 元文年間の某年、七月を過ぎたころ海辺へ行き、鰡魚(ボラ)を獲ろうと網を構えて待っていると、七尾の古城跡からいつも出る燐火が、この夜も飛んで来て、水の上へ落ちかかった。
 『これは珍しい。面白い』と思い、忍び足で近づいて様子を窺い、随分近くへ燐火が落ちた時、『今だ』と投網をざぶっと打ち掛けた。
 すると燐火はたちまち数千万の火の粉となり、網の目を漏れ出て空へ飛び散った。それは金箔粉が風に吹かれるがごとく、億万の蛍の散乱するのに似たありさまだった。そのまま雲の上まで行くか、秋風に吹き散らされるかと思ったら、二三丈ほど上ってまた集まり、一つの丸い火となって、水田の広がるほうへ飛び去った。
 網を引きよせて見るに、火の痕跡は何もない。この燐火は、「気」のみあって「形」なきものと見受けられた。ということは、すなわち虫魚鳥獣の類ではなく、古い血のなす怪変ではなかろうか。
あやしい古典文学 No.1202