『本朝語園』巻十之下「兎餓野鹿 風土記」より

鹿の夢

 むかし、ある人が、摂津の兎餓野(つけの)の地で野宿したことがあった。その人の傍らには、たまたま牡鹿と牝鹿が臥していた。
 暁近く、目を覚ました二頭が語り合った。
「僕はさっき、霜がいっぱい降りて、僕の体を覆ってしまう夢を見たけど、いったい何の前兆だろうか」
「あなたはきっと、人に射られて死ぬのよ。それから塩漬けにされるの。その塩が、霜の白さのようなんだと思うわ」

 夢かうつつか、野宿の人は不思議な気持ちで聞いたが、いまだ夜も明けやらぬころ、猟師が来て、牡鹿を射殺してしまった。
あやしい古典文学 No.1205