滝沢馬琴編『兎園小説』第八集「もののけのぬれ衣」より

ぬれぎぬ

 ある家の家来に、半田久三郎という者がいた。
 近国の酒造職の子であったが、女色にふけって郷里に居られなくなり、江戸へ出て、大御番某氏のところへ武家奉公に出たのである。
 当初はいかにも浮ついた性情で、女で身を滅ぼしそうな男だったのを、主人が心配して親身に説諭したところ、深く畏まって聞き、素直に行いを改めて、真面目に仕えるようになった。
 その様子を見て感心した人が、某氏に乞うて久三郎を貰い請けた。もとより手蹟が達者で、算術の才も秀でていたから、新しい奉公先で重用された。

 ところが、二年前の冬のこと。
 久三郎がもとの主人である某氏の屋敷を訪ねて、
「わたくし、思いがけない災難に遭って、たいそう困っております」
と言うので、どんなことなのかと問い返したが、
「いや、その子細は申し上げられませんので…」
と堅く口を閉ざして、その日は帰った。
 後日、また来て、
「例の災難ですが、占いで診てもらったら、祈祷をすれば験があると言うので、頼みました。うまくいったようで、とりあえずホッとしています」
などと話した。どんな災難なのか改めて問うたが、やはり言わなかった。
 年の暮れには、歳暮のあいさつに来た。帰る時に、
「もはやお目にかかることはございますまい」
と言ったのを聞きとがめて、
「それは、今年中はお目にかかれないという意味か。ただお目にかかれないでは、わけがわからぬ」
と質すと、
「いやあ、軽はずみなことを申しました」
 久三郎は、ごまかすように笑って帰っていった。
 そして年が明けたが、年賀のあいさつにいつも来るのに、どうしたことか、日を経ても姿を見せない。
 様子を見に人を遣ったところ、
「久三郎は死にました」
とのこと。
 『もうお目にかかれないとは、このことだったか。かわいそうに、どんな災難に遭っていたのやら』と心にかかって、久三郎の知り合いに、だれかれとなく問い尋ねた。
 すると、一人の者が事情をよく知っていた。

「久三郎とは隔てのない仲でしたから、私だけに打ち明けてくれました。
 奉公先の近所に年頃の子守娘がいて、久三郎に想いをかけておったのですが、隣家に仕える若侍がそのことを聞きつけて、久三郎になりすまして恋文を書き送ったのです。娘は相思相愛と思い込み、夜に紛れて若侍と忍び逢うようになりました。しかし日が経つにつれ、だんだんと逢引が途絶えがちになったようです。
 ある日娘は、道で久三郎と行きあうと、拗ねたように身を摺り寄せて何か言いかけましたが、久三郎は何も知りませんから、顧みもせず行き過ぎました。その後、また行きあったときは、衣をきつく捉えて放さず、恨みのたけを言ってなじり続けたそうです。このときはじめて、『さては誰かが、わが名を使ってこの娘を騙したのだな』と気づき、あれこれ弁明したのですが、娘は聞き入れません。なんとか衣を引きはなして、立ち去るのが精いっぱいでした。
 その後、娘は重い病に罹って、何日かして死んでしまいました。その晩から、幽霊となって久三郎の寝床に来て、夜じゅう恨みごとを言いながら、くねくねとまといついて離れません。祈祷をしたのはその頃と思います。少し験があったようですが、ほんの一時のことで、幽霊はまた来るようになりました。責めさいなまれて、久三郎は堪えきれず、とうとう死んでしまったのです」

 話を聞いて某氏は、歳暮に来たときの言葉が、あらためて思い返された。
 久三郎は幽霊に、
「年が明けたら取り殺してやる」
などと言われたのかもしれない、と。
あやしい古典文学 No.1216