『梅の塵』「柳が池蛇骨の事」より

柳が池の蛇骨

 柳が池は、越後国の頚城郡小丸山の辺りにある。そこからさほど遠くない所に、青木左衛門という裕福な郷士の屋敷があった。
 左衛門は、多数召し使っている下男下女の中で、しげという美貌で立ち居振る舞いも優しい女が気に入って、なにかと言い寄り、ついに妾にした。
 左衛門には、はるという本妻があったが、しげとの間に特段波風が立つことはなく、むしろ二人は仲睦まじく見えた。

 ある年の花の時節、はるは「花見に行こう」としげを伴い、下男下女を大勢引き連れて出かけた。
 花の盛りを眺めてそこ此処と遊び歩くうち、はや日暮れが近くなったので家路につき、途中、かの柳が池にさしかかった。
 この池は周囲四丁ばかりの大池で、底を知らないほどに深い。その堤の道を中ほどまで来たとき、下男下女は突然しげを取り囲み、
「奥様のお言いつけだ」
と手を取り足を押さえ、泣き叫ぶのもかえりみず袖や袂に石を入れて、池の深みに放り込むと、どっと笑って立ち去った。

 屋敷に戻ると、はるは左衛門に言った。
「しげの親が急病とのことで、実家がよこした迎えの者と途中で出遭いました。それで、しげを直に親元に遣わしました」
 左衛門は、心得がたく思ってあれこれ詮索したが、下男下女たちもみな同じように言うので、取りあえずそのままにしておくしかなかった。
 ところが夜になって、本妻はるは勿論のこと、花見の供をした者すべてが大熱を発し、屋敷じゅうを走りまわり,叫び狂った。
「おお、苦しい。われを池に沈めた恨み、いかほどか。そもそも人の恨みはあるものか、ないものか。とくと思い知らせてくれよう」
 左衛門はじめ皆大いに驚き、上を下への大騒ぎ。加持だ祈祷だと手を尽くしたけれども、まるで験がなくて、七日のうちに、はるをはじめ関わりの全員が取り殺された。

 その後も屋敷に種々の怪異が絶えなかったので、召し使いの者は次第に暇を取って数少なくなった。
 柳が池では、夜な夜な女の泣き叫ぶ声が聞こえ、怪異が打ち続いた末、しげの亡魂と亡骸が蛇身と変じた。
 里人はしげの執心の深さを恐れ合ったが、数年後、遊行の途次に立ち寄った高僧が、池の岸辺の柳の枝に、「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を掛けて教化したことから、怪異は止んだ。
 柳が池はしだいに荒れ果て、水が干上がって、底泥の中から毒蛇の骸骨が現れた。
 その骨は今、十字名号とともに、同所の勝楽寺という寺院の宝物となっているそうだ。
あやしい古典文学 No.1219