『浪華奇談』「狐和歌を感ず」より

狐火の歌

 大阪郊外の平野郷に、道具屋藤八という老人がいた。家業の合間に時々和歌を詠じて楽しみとし、好古斎と号した。

 かつて藤八は、大和路を通ったとき、狐火を見て、
   きつね火は夜ばかりなりはかなしや 人のほのほは昼ももえけり
と詠み、そのまま平野の家へ帰った。
 その後の某日、一人の尼が訪ねて来て、
「先ごろの狐火の歌、御染筆をお願いいたします」
と頼んだ。
 すぐに紙に書き付けて与えると、尼は厚く礼を述べて戸外へ出たが、すぐに引き返してきた。
「犬がたいそう吠えつきますので,追いのけてくださいませ」
 犬を追い払ってやったところ、足早に帰ると見えたが、たちまち姿がかき消えた。
あやしい古典文学 No.1225