『浪華奇談』「奇夢」より

小豆餅を食う夢

 筆者の母は幼少のころ、毎朝方、仏壇の前に座って小豆餅を食う夢を見た。
 目が覚めて後も満腹で、それゆえ朝飯は膳に向かうだけで、人並みに食うことができなかったそうだ。

 母の生家は唐傘作りが家業で、彼女はよく、糊に用いる水取の餅を買いに行かされた。
 十歳のときのある日、近くの町に餅がなく、嶋町からおはらい筋農人橋北ヘ入ル西側の、老女のいる餅屋まで買いに行ったが、その家には見覚えがあった。
 家の内を見渡して、
「朝ごとに餅を食べるのはここだ」
と思った。その夢の中で彼女は、いつも四歳くらいの姿でいるのだった。
 しかし、なにしろまだ子供だったから、自分の夢の話を持ち出して、その家の人に問い質すこともしなかった。大人になったころには、その家はなくなっていて、あらためて尋ねることもできなかった。

 その後、つくづく思うようになったという。
「自分はあの餅屋の亡児の生まれ変わりなのだろう。老女はその児の母で、毎朝餅を仏壇に供えたのにちがいない。十三歳で、河内の大ヶ塚村に逗留したときに餅を食う夢を見たのが最後だったのは、老女が世を去って、餅を供える人がいなくなったからではなかろうか」と。
あやしい古典文学 No.1226