神墨梅雪『尾張霊異記』二篇中巻より

一本杉の怪

 尾張春日井郡出川村に、「一本杉」と呼ばれる杉の大木があった。
 その杉の傍らには、林八という番人が住んでいた。
 文政三年のある日、林八の子で波蔵という十四歳の男子が家の裏手に出たところ、杉の周りに小坊主が三十人ほど群れているのが見えた。
 波蔵は、小坊主があまり大勢いるのにぎょっとして、家の内へ逃げ込んだが、しばらくしてまた出てみると、もう何もいなかった。

 一本杉から北へ少し行ったところに、庄屋の吉左衛門の屋敷があった。
 あるとき、たよという吉左衛門の十六歳の娘が、機屋で機を織っていると、戸外に見知らぬ娘が一人立っているのが見えた。
 母親は近所へ出かけて留守で、ちょうど来合せていた隣の喜右衛門の女房に、
「あれは、どこの子かしら」
と尋ねたが、
「さあ、見たことがない娘だねえ」
と言って帰っていった。
 そのあと、機糸を撚り、管に巻いているとき、見知らぬ娘はいつの間にか背後に立って、
「死ね、死ね」
と耳元で囁いた。
 たよは思わず震えあがって、母屋へ駆け込み気絶した。

 この杉の大木は、文政四年に焼失して今はない。焼けたとき、何の髑髏とも知れない骨が一つ残っていた。
 その後、変事は起こっていない。
あやしい古典文学 No.1229