神墨梅雪『尾張霊異記』二篇上巻より

妖物二話

 尾張一ノ宮に森文圭という、裕福で物好きな医者がいた。
 文圭は家の裏に別宅を建て、田舎学者や旅の僧、その他技芸ある者が訪ねて来ると、必ずそこに泊めて食客とし、種々のことを見聞するのを楽しみとしていた。
 あるとき、信濃の松代の僧だという若い出家が来た。
 さっそく別宅に招き入れて話を聞くに、広く群書に通じ、高尚な話題を趣深く語ってくれた。
 しばらくして湯漬飯を供すると、僧はそれを辞退した。
「拙僧は、いっこうに食物を欲しません。願わくば、塩をいただきたい」
 そこで、塩を大きな器にうず高く盛って出したところ、箸を使って掻き込み、三口か四口で食い終わった。まだ足りない様子だったので、おかわりをすすめると、喜んでまた三四口で食った。
 それから、
「拙僧にはこれが、醍醐のごとき美味でござる」
と何度も礼を言って帰っていった。
 文圭はじめ皆々、『人類にあらざる者か』と疑うことしきりであった。

 この文圭の乳母は、八神あたりから嫁してきた者で、四十歳の春に夫が死んで寡婦となった。
 三月初めの雨の降る日、昼前のことだったが、寡婦が麻糸をつむいでいると、青い綿入れを着た赤ら顔で髪ぼうぼうの男が、突然家に入ってきた。
 男は腰をかけて、なれなれしく話しかけ、
「僕は按摩が上手なんだ。少し按摩してあげよう」
と言うので、背を向けて揉ませたところ、男の手は火のように熱く、衣類を通して火傷しそうになった。
 慌てて振り向いて身を避けたとき、男が言うことには、
「おまえさんの尿を飲ませてくれないか」
 寡婦は怒って言い返した。
「尿なら、そこの小便壺にある。好きなだけ飲むがよい」
 すると男は、ずるずると這って小便壺の前まで行き、長い舌を出して犬のように舐めたり啜ったりした。
「誰か来てっ! 化けものが……」
 叫びを聞いて近隣の皆が得物を手に駆けつけたが、既に化けものは裏の草叢を抜け、向こうの川に潜り込んで姿を消していた。
 その村では、初春のころから熱病が流行し、人が多く死んだ。しかし、この出来事の後は流行が止んで、平静になった。
あやしい古典文学 No.1230