古賀侗庵『今斉諧』巻之一「■童之鬼」より

大斧浜

 羽州由利郡の龍門寺の住職が、かつて同郡松崎を訪れた時のこと。
 宿の主人は、住職を庭園の中の別堂に泊めた。
 床について未だ寝入らずにいた夜半、一人の童子が外から入ってきた。ほのめく燭の残光に、美しい顔や姿態が浮かび上がった。
 住職は寂然として騒がず、じっと様子を窺っていたが、童子がさっと枕元に駆け寄った瞬間、素早く起き上がって相手に布団をかぶせた。上乗りになって力の限り押さえつけると、布団の下の形は消え失せた。
 声を上げて主人を呼び、怪事に遭ったことを告げたところ、主人はそのわけを語った。

「じつは昔から、そういうことがよくありまして……。
 この地は古名を『大斧浜』といいます。大阪をはじめ諸州の商船がここの港に入るのですが、土地の者に悪辣な盗賊がいて、宿を営んで商人を泊め、真夜中、斧・鉞(まさかり)などで襲って殺害しては、その財貨から衣類・所持品一切を奪いました。浜の名はこのことから付きましたが、それを知らない商人が次々と寄港し、無数の者が同様に命を落としました。
 また、当時の船は、必ず美童を一人乗せていました。嵐で舟が覆りそうなとき、美童を生贄として海に投じて、舟を助けてくれるよう命乞いしたものでした。
 当地では、今もなお、無残な死を遂げた多くの商人や美童たちが、幽鬼となって彷徨っているのですよ」
あやしい古典文学 No.1232