『本朝故事因縁集』巻之一「幽霊念仏」より

幽霊念仏

 天正年間のこと。
 加賀国の小松の里に、熱心に後世を願う者があった。朝に夕に、
「我を西方十万憶極楽浄土に迎え取りたまえ。南無阿弥陀仏」
と唱え続けた。
 やがて、この者は死んだ。
 死ぬと幽霊になり、夜ごと念仏を唱えながら、自らの墓の周りを徘徊した。人は皆それを見て驚き、気味悪がった。
 子孫たちが僧を頼んで仏事を営んだが、そんなことでは、幽霊の出現は止まなかった。

 そのころ、自空和尚という禅僧がいた。
 和尚は、幽霊が出たのを見るや、杖を振るって殴り倒し、
「西方十万億土とは、ほかではない。ここのことだ。おまえは間違っとる」
と叱咤しながら、杖でビシバシ打ちすえること百八十度に及んだ。
 幽霊は消えて、再び出なかった。
あやしい古典文学 No.1240