虎巌道説『燈前新話』「脇坂妖怪記」より

脇坂妖怪記

 昔、脇坂氏が旧宅に住んでいたときのことだ。

 友人が来たので、来客用の離れに行って談笑するうち、夜も更けた。
 突然、岩が庭に落ちたような轟音がして、離れはぐらぐらと振動した。脇坂氏も友人も驚いて、燭をとって出てみたが、とりたてて何事もなさそうだった。
 翌日、たまたま庭を歩いていて、地面の陥没した箇所を見つけた。深さが二十センチあまり、直径が六十センチ以上ある。
 よく見ると、巨大な左足の足跡だった。五本の指の跡がくっきりついていた。家人もみな集まって、驚き怪しみながらそれを見た。

 また、脇坂氏の贔屓の瞽女(ごぜ)が近所に住んでいて、ある夕刻、ふと訪ねてきた。
「ここしばらく町を離れて田舎に逗留しておりましたもので、どうもご無沙汰いたしました」
 そこで酒を出してやり、謡って歓談して、夜が更けたから一緒に夜食をとった。すると瞽女は、ちょっと腹が痛くなったと言って、帰っていった。
 翌日、瞽女の家へ人をやって、腹の具合を尋ねさせると、瞽女の言うことには、
「田舎へ遊びに行って、昨日の夕方に戻りましたが、遠い道を歩いて帰ったのですっかりくたびれて、すぐ寝てしまいました。だからまだ旦那さまのところへは、ご機嫌伺いに参っておりませんよ。なんでそんなでたらめを言うんですか」と。
 使いの者がこのことを脇坂氏に伝えると、家人はまたまた大いに怪しんだ。
あやしい古典文学 No.1251