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神墨梅雪『尾張霊異記』二篇上巻より |
見知らぬ鳥の肉 |
尾張国春日部郡の入鹿という山里に、周囲一里あまりと思われる大きな池がある。 池の水は、水無月に日照りが続いても干上がることがないので、その水をより多くの里々の田に引き入れるために、今より二百年ほど前、たいそう大きな用水樋が設営された。 年月を経てその樋が傷んだので、修復することになり、材料の木を入鹿から五里ばかり東の大山というところから伐り出すことになった。 ある日、木こりが三四人連れ立って山深く入ると、とある岩の上に見知らぬ鳥がいた。世にも美しい羽の色にみな感嘆して、もっとよく見ようと近づいても、鳥は人を恐れる気色もなかった。 そこで木こりうちの一人の男が、手にしていた斧を投げつけたところ、それが当たって鳥は死んだ。やった! と鳥を掴み上げ、 「こんなよいことはまたとない。今夜は鳥鍋だ。おまえたちと飲んで騒いで、この山道を歩く難儀を忘れようではないか」 と喜んだ。 「このような名前さえ知らぬものを食うのは、よろしくない。やめておけ」 他の者は止めたが、 「何を言う。世に鳥の数多しといえど、人の食わない鳥などない。どうでも一緒に鳥鍋を食うのだ」 と、男はあくまで言い張った。 「こんな得体の知れないものを食って、腹を壊したりするのはまっぴら御免だ」 「おれもいやだ」 「おれもだ」 「そうかそうか、もういい。おれだけで、旨いものを食うことにするよ」 その夜、男は部屋に帰ると、鳥を調理して、三人がかりでも食い切れないほどの量を一人で食い尽くし、大酒をくらって、腹つづみを打って寝た。 翌朝起きて出てきた男の様子は、昨日までとは一変していた。赤くつややかに光る顔面、鋭く睨みすえる眼光など、猛々しく恐ろしく、この世の人とも思えない。 『いったい何事だ』と呆れている人々に、男は言い放った。 「昨夜あの鳥を食ったからか、今朝は何となく心が勇み立って、いちだんと力が湧いた気がする。よし、試してみよう」 近くにあったたいそう大きな岩に手をかけると、軽々と持ち上がる。 「わはは、見ろよ」 そのまま頭より高く岩を掲げて、谷底へ放り投げたから、人々が驚くこと並大抵でなかった。 男は、もっと大きな岩をいくつも投げ散らした。また、幹の周囲が三尺・四尺もある木を抱きかかえては、子供が草を抜くように易々と、根こそぎ捩じり倒した。 ものを言う声も牛の吼え声のようになって、はなはだ恐ろしい。そんな声で、 「人なども打ち殺して食いたいような心地がしてきたぞ。どういうわけだろう」 などと言い出したのを聞いて、人々は震えわなないた。 「頭に血が上ったにちがいないから、よく心を静めてくれよ」 と頼むと、さすがに一時おだやかになることもあるが、日を経ても荒くれた行状は変わらず、「人を食いたい」と口走ることもやまなかった。 人々は、『いつかは本当に人を食いかねない』と危ぶんで、どうしたものか集まって相談した。 そしてある夜、よく寝こんでいる男の手足を、撚りあわせた藤かずらで幾重にも縛り、太材を組んで作った獄に閉じ込めてしまった。 これは、ごく最近の出来事である。その後どうなったか知らないが、不思議なことがあるものだ。 |
あやしい古典文学 No.1256 |
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