『古今著聞集』巻第十二「検非違使別当隆房家の女房大納言殿、強盗の事露見して禁獄の事」より

首領の正体

 藤原隆房が検非違使の別当を務めていたときのこと。

 白川辺の某屋敷を、強盗団が襲った。
 屋敷の家来に剛の者があって、はじめは強盗と戦ったが、そのうち巧みに強盗の中に紛れ込んでしまった。『戦って全員を倒すのは難しい。盗品を分配するところまで、紛れて付いて行って、盗人の顔を見おぼえ、さらに尾行して、隠れ家も突き止めてやろう』と思ってのことである。
 一同は、朱雀門の辺りまで引き上げて、そこで盗んだものを分けた。紛れ込んだ男も分け前をもらった。
 強盗の中に、たいそう姿の優美な、声の気配からはじまって全てにわたり並々でない気品と威厳のある、齢二十四五と思われる者があった。
 その者は、胴に鎧をまとい、左右の腕に籠手を着けていた。長刀を持ち、直垂袴を緋色の緒で高く括り上げていた。強盗団の首領とおぼしく、指図すると皆それに従って、主従であるかのようだった。
 盗人が散り散りに分かれ行くとき、紛れ込んだ男は『この首領らしいやつを尾けよう』と決めて、後姿を見え隠れに追った。
 朱雀大路を南に四条まで行き、四条を東に行った。ところが、四条大宮の検非違使別当邸の西の門の辺りで、かき消すように見えなくなった。
 周囲にも道の先にも、まったく姿がない。『おそらく邸の土塀を越えて中に入ったのだろう』と推測して、そこから引き返した。

 翌朝、尾行した道へ戻ってよく調べると、かの強盗は負傷していたらしく、転々と血がこぼれいた。その血の痕が門のところで止まっていたので、『間違いない。ここの者だ』と思い、主人の屋敷に戻って報告した。
 主人は検非違使別当である藤原隆房のもとへ出入りする人だったから、さっそく参上して、このことを語った。
 隆房は大いに驚いて、家来の男たちを厳しく取り調べた。しかし、いっこうに不審者は見つからない。
 例の血は、邸内で北の対屋(たいのや)の車庫まで続いていたので、『北の対屋の部屋に住む女官の中に、盗人をかくまう者があるにちがいない』と、部屋を捜索することになって、女官たちが呼び集められた。
 その中に「大納言殿」とかいう高い身分の女官がいたが、
「このほど重い風邪にかかって、出てくることができません」
と断ってきた。しかし、重ねて、
「いかにしても来られよ。人の肩にすがってでも来られよ」
と強く求められて、逃れようがなく、仕方なしに部屋から出た。
 その部屋を捜すと、血の付いた小袖があった。怪しんで隅々まで調べ、敷板を上げてみたら、盗品と思われるさまざまな物が隠されていた。
 かの紛れ込んだ男が言った通りの直垂袴などもあった。面も一つあった。その面で顔を隠して、夜ごと強盗を働いたのであった。

 隆房は愕然としながらも、ただちに役人に命じて、逮捕・投獄せしめた。
 女官が白昼に連行されていく道は、見物人が群集して、身動きならないほどだった。
 かづき衣を取り、顔をあらわにされて行くのを見て、驚き呆れない者はなかった。ほっそりした姿の二十七八歳くらいの女で、背格好といい髪の様子といい、どこにも欠点のない優美な女官だったのだから…。
 昔にこそ「鈴鹿山の女盗賊」の言い伝えもあるが、今の世にこんな不思議があるなんて、まことに思いもかけないことだ。
あやしい古典文学 No.1272