神墨梅雪『尾張霊異記』二篇中巻より

いつのまにやら男根が

 名古屋の裏街に、何某という者のせがれで、新七という者がいた。また、その妹に、おみかという女子がいた。
 おみかは、子供のときからたいそう素行が悪く、男勝りの荒い気性だったので、人々は「男女」と呼んだ。
 年頃になると、そこらの男と密通して、女の子を一人産んだが、その子は八九才のときに女郎屋に売った。

 おみかは男の髪を結ったり月代(さかやき)を剃ったりするのが上手で、それで稼いで暮らしていたが、三十歳くらいのとき、だんだん借金がかさんで十五両ばかりにもなった。とても返せないから名古屋を出奔して、十五里ばかり離れた東美濃のなんとかいう所に移り住んだ。
 そうするうち、いつのまにやら男根が生えて、男と化した。そればかりか、世話になっている人の妻と密通した。
 それが露見して同地におれなくなると、名古屋へ舞い戻り、萱野町に住む治平という幼馴染を頼って行った。
 治平は、家に入ってきた者を見るに、顔には見覚えがあって、おみかだと思われるのに、股引を穿いて男髪である。しばし言葉が出なかったが、
「もしや、おみかさんではないか」
と問うと、
「そうだよ」
と答えて、なぜか男になったこと、不義密通したことなど委細を語り、当分のあいだ世話になりたいと頼んできた。
 治平としては、昔のままに女であるならともかく、男に変じていたのでは、素直に面倒を見る気持ちになれなくて、裏町のおみかの母親を呼んで引き渡した。
 それから二十日ばかりは親のところにいたが、
「男に変じた者をこのまま置いておけば、世間や、はたまたお役所に、どう思われるか案じられる」
との兄新七の意見で、母親の里に遣ってしまった。
 しかしその後、かの密通相手の女が、おみかを恋い慕うあまり、わが子の手を引いて裏町へ訪ねてきて、ひと騒ぎになった。
 これにより、母親も兄新七も同所に居づらくなり、どこかへと立ち退いたという。
あやしい古典文学 No.1274