『斉諧俗談』巻之一「怪しき雨を降らす・怪しき雹を降らす」より

怪雨・怪雹

 『和漢三才図会』にいう。
 元禄十五年の九月、連日、綿が降ることがあった。
 晴天の日の午前中、日の光の中に赤味を帯びたものが見えて、太陽から湧き出るかのごとく飄然と降って、家々の垣根や壁にかかった。
 その形状は蜘蛛の糸、あるいは蓮の糸、また綿糸に似ていた。白色で長さ二三尺ほど。試しに燃やしてみたが、臭いはなかった。引っ張ってみるに、思ったより強靭であった。

 中国の『五雑組』にいう。
 天から毛が降ったとか、土が降ったとかいう記録は、史伝の類に多い。
 元の至元四年、土が七昼夜にわたって降り積もり、その深さ七八尺。これがために牛馬はことごとく埋もれ死んだ。前代未聞の異変である、と。

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 『和漢三才図会』にいう。
 元禄十五年五月十六日の午後四時ごろ、にわかに雨が降り、雷鳴が轟いた。黒雲が重なって天を覆い、雹が激しく降ったところもあった。
 降雹は摂津の国より始まり、河内を経て、大和の国分で止まった。北西から南東へ、斜めに走ったことになる。その間は六、七里。降った幅はわずか一里に過ぎない。
 雹の粒の大きなものは、角があって瓦のかけらのようだったり、鶏卵のように丸かったりした。小さいものは、蓮の実のようだった。これが人に当たれば頭を傷つけ、家に当たれば屋根を破った。
 二時間ばかり降って、そのあとは晴れ渡った。

 中国では、北宋の熙寧年間、河州で怪しい雹が降ったという。
 その形は人の頭部のようで、目・耳・口・鼻すべて備わっているさまは、誰かが刻みつけたかのようだった、と。
あやしい古典文学 No.1277