青木鷺水『御伽百物語』巻之一「石塚のぬす人」より

古墳荒らし

 吉備の中山に長年隠れ住む盗賊の親分で、火串の猪七という男がいた。
 中山は備前・備中の両国にまたがるため、おのずから制禁の類もおろそかである。猪七はそれをいいことに、ここを根城として、ある時は武蔵野の草に寝て江戸の繁栄に欲を起こし、またある時は北前船に身を潜めて津々浦々の旅客を悩まし、命の危機を辛くも逃れては、立ち帰るのが常だった。

 ある年の春、都の町々を窺い歩き、花の名残を見ながら大和路へかかると、故郷の空が懐かしく、荒稼ぎして早く帰り着きたいものと、気もそぞろになる。
 街道沿いの歌姫の地に泊まり、手下二十人ばかりを使って、ここかしこで切り取り強盗を試みたが、上方の人はなかなか賢い。平穏の中でも危険に備え、常に楽しく暮らしながら万事に心を配って抜かりなく用心するので、打つ手打つ手が失敗ばかりだった。
「よし、帰りがけの験直しに、パァーッと宴会でもやろう」
と、一党が集まって一晩酒を飲み明かし、その席で猪七が言い出した。
「聞け、者ども。この地にある陵(みささぎ)を掘り返し、居心地がよさそうなら、今後は東国・北国に行き来する仲間の隠れ家にしようではないか。我が上方に出向く際にも、都合のよい場所だ。成務・神功・孝謙の三帝の陵があり、中でも神功皇后の陵は、四方に空堀を構え、要害の条件を備えている。さあ、皆々存分に力をふるって掘り返せ」
 手下どもは、我も我もと鋤鍬を担いで出かけていった。

 まず「石塚」と呼ばれる成務天皇の陵に取りかかった。
 四月はじめの七日のことで、月の入りは早い。闇が深くなってからは、身に帯びた胴火(どうか)を点じて、一心不乱に掘っていった。
 最初のうちは、すべて石を重ねて築かれた壁だった。やっとその石を掘り捨てると、どこからともなく鉄臭い水が湧き出た。猪七の下知で、水に土砂をかけ、泥状にして搬出した。
 その奥には、大きな石の門があった。鉄の錠が下ろされているのを、胴突でもって打ち外し、門を開いた。
 それっ! と押し入ろうとするところへ、何者が射るとも知れず、乱れ雨のごとく門の内から矢を射出す。勇んで進んだ盗賊どもは、やにわに七八人が倒され、死んだ者もあった。
 思いがけない反撃にあって皆々動揺し、しばし立ちすくんだ。しかし猪八はもとよりの不敵者で、こんな怪異をものともせず、手下どもを叱咤した。
「ここは太古に死んだ人を収め、気の遠くなるほどの年月を重ねた古塚だ。狐や狸のねぐらではないから、これは大昔の人が塚を守るために仕掛けた機巧(からくり)にちがいない。少し退いて、中に石を投げ込め」
 そこで、手に手に石をとって投げ入れると、石に随って矢を射出すこと数刻に及んだが、ついに矢種が尽きたと見えた。
「者ども、今だ。行け」
 折り重なるようにして中に入り、胴火を吹き立てて第二の門に取りかかった。
 石の扉を撥ね上げると、甲冑をまとった武者が門の左右に立ちふさがり、かっと眼を剥いて剣を抜きはなち、無二無三に斬り回った。
 猪八はこれにも恐れず、
「鍬の柄、鋤の柄で叩き落とせ」
と下知した。
 盗賊どもが駆け寄って横ざまに薙ぎたてると、太刀も長刀も持ちこたえられず、ことごとく落とされた。近くで見ると、みな木で作った兵の人形であった。
「思いのほか手間取った。ぐずぐずしてはおられない」
 さらに奥へ乱れ入り、殿上とおぼしき所に着いた。
 大床に走り上がって周囲を見回せば、中央の玉の床に、成務帝と思われる人が、七宝と珠玉の寝具をまとい、衣冠を正して東枕で横たわっていた。
 帝を取り巻く四面には公卿や殿上人が居並び、その威儀おごそかなありさまは、生きた人に少しも違わない。思わずゾッと身の毛がよだつのを覚えたとき、玉の床の後方に大きな黒漆の棺があるのが目に入った。
 棺は、鉄の鎖で八方から釣り下げてあった。鎖は、石の桁(けた)に穿った穴に通されていた。棺の下には、金銀珠玉、衣類甲冑、そのほか古代の道具や什物などの宝がうず高く積まれて、その見事さはとても心が及ばず、言葉に言い尽くせるものではなかった。
 盗人らは宝を見て、思いがけない儲けものだと我を忘れた。争って奪い取ろうとするところへ、釣られた棺の中から白銀作りの鼠が一匹飛び出て、猪七の懐へ跳び込んだ。
 と同時に、棺の両角から風が吹き出し、たちまち秋の田面に渡る野分の風のごとき暴風となった。風は細かな砂を含んで、さながら雲霧か時雨のように吹き下ろし、火を吹き消し、鋤鍬を降り埋めた。
 風とともにやみまなく降る砂に、盗人らは袖を払い頭を振るううち、目がくらみ道を失って、ただ身もだえするばかり。降り積む砂はすでに膝頭も隠れるほどになって、さしもの猪七もそら恐ろしく、後ろに引かれるように逃げ出した。ほかの者も我先に、命を惜しんで転び走り、門の外へと駆け戻った。
 その直後、石の門扉はおのずと閉じ合わさり、元どおりに塞がった。

 猪七は、かの銀の鼠が跳び入った個所を病んだ。
 石塚を慌てて逃げ出した時にはなんともなかったのに、ほどなく悪性の潰瘍が生じて、故郷へ帰ってから死んでしまった。
あやしい古典文学 No.1282