根岸鎮衛『耳袋』巻の五「怪虫泡と変じて身をのがるる事」より

泡隠れの術

 ある人が語った。
「蟇蛙(ヒキガエル)は、どんな箱の内に密閉しても、必ず逃げ失せる」と。

 これを聞いた若い衆が、一匹の蟇蛙を箱の中に閉じ込めて、夜話の席の床の間に置き、酒など飲みながら監視した。
 だが、しだいに酒盛りが盛り上がると、箱から気を逸らしがちになった。と、そのとき、二間ほど隔てたところから下女の叫び声がした。みな駆けつけてみると、蟇蛙がつくばっていた。
「これは別の蟇蛙だろう」
 部屋へ戻って床の間の箱を開けてみたところ、いつ抜け出したのか、中は空っぽだった。

 再度、同じ箱に蟇蛙を入れ、今度は代わる代わる目を離さず監視を続けることにした。
 やがて夜も深更に及んで、誰もが眠気を催すころ、箱の縁から何やら泡が出てきた。それが次第に多くなるので、これはどうしたことだろうと見るうち、泡は一かたまりになって動き、ふつふつと消えてしまった。
 眠気から覚めた者たちが箱に寄って、蓋を取ってみると、蟇蛙はどこへ行ったのか、姿がなかった。
「さては、泡と化して立ち去ったのか」
と、誰もかれも驚嘆したそうだ。
あやしい古典文学 No.1289