『片仮名本・因果物語』上「愛執深女人、忽蛇躰ト成事 付夫婦蛇ノ事」より

愛執の果て

 備中松山の近くに、竹ノ庄という村がある。その村の庄屋の女房は、ある山伏を情人にしていた。
 やがて山伏は死んだが、幽霊となって、相変わらず庄屋の女房と密会を続けること数年に及んだ。
 さすがに夫が怪しみ、ついに現場を押さえて、
「化け物とまぐわって、そんなに嬉しいか。見下げ果てたやつだ。恥知らずの畜生め」
などと口を極めて卑しめたので、女房は屈辱のあまり発狂した。
 おそろしく暴れ騒ぐのを監禁しておいたら、次第に姿かたちが変貌した。髪は針金のごとく尖り立ち、眼は怪しい光を放ち、口は耳まで裂けた。そのまま角が生え、全身蛇体となって、こう言い放った。
「しかじかの所に大池あり。我、かの池に入らん。汝らは、鐘と太鼓にて賑々しく囃しつつ、我を池まで送れ。さもなくば、この里じゅう一人残さずとり殺す」
 村人たちは大いに怖じ恐れて、鳩首談合を重ねた末、正保二年六月二十八日、蛇送りを実行したという。

 これは、佐和山の大雲寺の僧 春甫の見聞である。
 春甫が備中笠岡の東雲寺の江湖会に参じていた六月二十七日、玉島の海徳寺住職である嶺的が東雲寺に来て、
「明日二十八日に、いよいよ蛇を池に送り入れるらしい。我々近隣の者は、みな見物に行きます。この寺の皆さんも、後々の話のたねに、行って見てはどうですか」
と話した。
 九里の遠方なので行きはしなかったが、たしかに翌日には蛇が送られたとおぼしく、二時間ばかりも激しい雨が降って、大荒れの様相だったそうだ。
あやしい古典文学 No.1298