野田成方『裏見寒話』追加「怪談」より

橋姫ふたり

 甲斐国の国玉(くだま)村に、小さな橋がある。なぜか「大橋」と名付けられている。
 この大橋の上で、同じ甲斐国の猿橋のことを言うと、怪異がある。猿橋のうえで大橋のことを言うと、これまた怪異があるという。

 昔、武蔵から甲斐へ来た旅人が、猿橋を通るときに大橋の噂をした。
 すると、一人の女が忽然と現れて言った。
「甲府へ行ったら、この手紙一通を、国玉の大橋へ届けてください」
 旅人は承諾して手紙を受け取ったが、不審に思い、途中でそっと開けて見た。
 手紙には、
「この者を殺すべし」
と書かれてあった。
 旅人はびっくりした。これはまずいと思い、
「この者を殺すべからず」
と書き直しておいた。
 大橋へ持参すると、凄まじい憤怒の形相の女が出てきた。しかし、殺すべからずという文面を読んで、にこやかな顔に変わった。
 女は手紙を届けてくれた礼を言い、旅人は無事だった。
あやしい古典文学 No.1299