只野真葛『むかしばなし』より

三吉鬼

 秋田に、三吉鬼というものがいる。これが人里に出てくるようになったのは、幾年昔のことやら知れない。
 はじめは、見知らぬ男が酒屋に入って、酒をしこたま飲み、代金を払わずに出ていくので、強硬に酒代を要求したのだが、すると酒屋は必ず災いに遭うのだった。
 災いを恐れ、こころよく酒を振る舞った者があった。翌朝には、酒代の十倍ほどの薪が、その者の門前に積み置かれてあった。
 以来どこでも、飽きるまで酒を飲ませた。その夜中には必ず、代償のものが積み置かれた。そして、この酒飲み男を、誰言うとなく「三吉鬼」と呼ぶようになった。

 後には、「どこどこの山の大松を、この庭へ移してくれよ」と願をかけて酒樽を置けば、一夜のうちに酒はなくなって、かわりに松の木が庭に植えられているというようなことがあった。
 大名なども、人力で動かせないものの移動を酒を供えて願い、するとじっさい期待どおりになった。
 人にとってたいそう重宝なので、「三吉鬼、三吉鬼」と言い囃したが、文化年間の今より三四十年前から、その男はまったく人里に出てこなくなった。
 どうしてしまったのだろうか。不思議なことである。
あやしい古典文学 No.1303