『天明紀聞寛政紀聞』より

保良大明神

 越前家領地の百姓何某の後家は長命で、今年六百余歳になるらしい。
 容貌は四十歳くらいにしか見えないが、六百年このかたの出来事をひととおり覚えていて、あれこれ物語るそうだ。
 それほど長生きするにいたったいきさつを本人に尋ねたところ、
「いつごろでしたか、大飢饉のおり、飢えをしのごうと山中に入って、ほら貝があるのを見つけて掘り出し、食べました。その時以来、無病息災の丈夫な身体となったので、その貝殻を祀って『保良大明神』と崇めております」とのことだった。
 越前公は、貝殻を見たくなって、江戸屋敷まで取り寄せた。そのことがまた一橋中納言殿の耳に入り、越前家へ懇望して借り受ける次第となった。
 中納言殿は、かの後家の長命にあやかるべく、貝殻でまず酒を一献召し上がったそうだ。

 なお、後家の語るところによれば、
「夫はおよそ二十人余りも持ったと覚えております。したがって子供もたくさん産みましたが、皆もう死んでしまって、一人も残っておりません」と。
あやしい古典文学 No.1306