『事々録』巻二より

俵詰めの女

 弘化四年九月初めのことだ。

 本所の某屋敷の下僕が、同じ屋敷の下女と久しく密通し、女の衣類などを質入れしては、自分の酒色に使い果たした。
 そうこうするうち懐妊してしまった女は、進退きわまって、
「どうかわたしを連れて逃げて」
と迫った。
 下僕は困惑したが、にわかに悪計を思いついた。
「このお屋敷の門は、ことのほか出入りが厳しく、連れて出るのが難しい。だが、うまい方法がある。おまえを俵に入れて、米かなんかに見せかけて出そうと思う」
 ひそかに女を俵詰めにして、まんまと門から持ち出した。そのまま下谷まで行き、和泉橋から俵ごと川へ投げ落として、下僕は逃げ去った。
 ところが、たまたま橋の下に網船がいた。寺町の何某という坊主が遊漁のために出した船だった。
 浅瀬に落ちた俵の中から女の手足が現れ、助けて! 助けて! と叫んでいる。坊主は怪しみつつ、船頭に命じて俵を引き上げ、女を救った。
 下僕は、たちまち町同心の手で召し取られ、取り調べによって悪事はことごとく明らかになった。

 ところで、この下僕の請人(うけにん)は本所立川通りの人形屋で、乏しい商売ぶりにもかかわらず、たいそう富んでいた。
 下僕は、人形屋についても白状した。
「あの者は、三年前に贋金を作って財を成したのです」
 こうして下僕の罪よりも大きな悪事が露見し、人形屋もただちに召し取られた。
あやしい古典文学 No.1309