浅井了意『新語園』巻之九「樹子蝶ニ化ス 瀟湘記録」より

赤い前兆

 中国の隋末、長安の宮廷の庭に、ひとつの大樹があった。
 冬空の下、雪深い中で、大樹の葉が茂り、たくさんの花が開いた。
 やがて花はしぼんで落ちたが、幾多の実を結んだ。実の色はあくまで赤く輝いて、炎のようだった。
 日を経て、実はすべて化して蝶となった。紅の翅をはばたかせ、みな飛び去って跡形なくなった。

 翌年、唐の高祖の軍が長安に入城した。
 大樹の奇異は、その前兆だったのである。
あやしい古典文学 No.1311