西野正府『享保日記』より

御蔵の米を蛇が喰う

 江戸本庄に新しい御蔵が建った。
 ところが、八月半ば、この蔵に収めた米俵に多数の蛇がついて米を喰い、むしゃむしゃと喰う音まで聞こえる、などという噂が広まった。
 当初は確かな説ではないと考えられたが、八月下旬に至って事実であると分かった。
 百姓に命じて蛇を捕獲し、海に捨てさせたけれども、いくら捕っても少しも減らず、むしろ増えた。
 その昔にも、御蔵の米に蛇がついたことがあった。しかし、そのときは少々のことであって、このたびのように夥しい数の蛇が出たわけではないとのことだ。

 その後、蛇がついた蔵米は、一俵につきビタ銭五文で払い下げになった。
 ところが、この米を食った者は毒に当たり、大いに病み煩った。それで、もはや食おうとする者はいなくなった。
 また、公儀に蛇捨てを命ぜられて俵に手をかけた者は、手が腫れ上がった。そのため、手が触れないように熊手で引き出すことになった。
 俵を引くと、内からカナヘビほどの蛇がいくらでも出てきた。大きいのでも一尺ほどで、みな小蛇であった。

 本庄・深川・浅草あたりの茶屋では「なら茶に団子」の商いをしていたが、まったく売れなくなった。
 これは、もしかしたら御蔵の蛇毒米を使ったかもしれないと疑われたからで、茶屋どもはたいそう難儀したらしい。
あやしい古典文学 No.1316