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荻生徂徠『飛騨の山』より |
寛永の黒船 |
寛永の頃の出来事であろうか。上総国の岩和田というところに、黒船が漂着したことがあった。 西洋の国王の姫が隣国へ嫁ぐということで、船に乗って出発したが、その船が暴風に遭って我が国の沿岸まで流され、岩に当たって大破したのだった。 そのうち江戸から役人が大勢出向いて、姫をはじめとする乗船者も積荷の財宝も長崎に護送して、本国へ帰るよう計らった。しかし若干の積荷は海に投げ出されて、役人が来る前に、地元の者どもが思いのままに手に入れた。 きらびやかな衣服が波に漂うさまは、あたかも竜田川の紅葉のようだったろうと言われる。そのとき拾い取って持ち伝えている衣を見たが、とても今の世にあるようなものではない。分厚くて、みな昆布のようだった。 黒船が漂着して間もないころ、ある僧が行脚して、岩和田あたりを通った。 ふと、えもいわれぬ香りに気づいて、吹き来る風の方を尋ね行くと、老婆の海女が住む粗末な小屋があった。小屋の中に一つの容器があって、香りはそこから発していた。 「これは、いったい何かな?」 と僧が尋ねると、海女は、 「外国の宝の船とやらが浦に着いたといって、ここらの者が走って行くので、おれも後について行ったけど、よいものはもう人に取られてしまっておった。牛の糞かもしれんような恐ろしく臭いものが入った入れ物があって、せめてこれでも拾って飯の足しにでもしようと、水で洗って持って帰った。けども、あの船の異人たちは、たいそうな宝の国に生まれながら、なんでこんな臭いが平気なんだろ。毎日洗っても相変わらず、鼻が落ちそうなほど臭いわ」 と話した。 老婆は、麝香(じゃこう)というものを知らなかったのだ。 また黒船は、「インス」という、黄金を鶏の形に鋳て、生きた鳥のように朝昼夜の時を告げる仕組みのものを、石の唐櫃(からびつ)に入れて載せていたが、浦の水底に沈んでしまった。 国主は、それを手に入れたくて、何度も捜索させた。しかし唐櫃は、波に揺られ揺られて海底の砂深く埋もれゆき、多くの人夫を動員した費用も無駄になった。 今も、波風静かで月の明るい夜には、「インス」の声が聞こえるというが、本当だろうか。 ところで、西洋の人の召し使う「くろんぼう」は、もとは大海の島に住む人で、それを捕らえて奴隷にするのだという。そういうこともあるかもしれない。 黒船に乗っていた「くろんぼう」は、主人らとともに長崎へ送られていく途中、茂原というところの山へ逃げ入った。 いっとき隠れ住み、ほとぼりがさめたころに山を出て、ついには我が国の人となった。その子孫は今もいると、土地の者が語った。 |
あやしい古典文学 No.1318 |
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