津村淙庵『譚海』巻之十二より

怪力尼

 母の幼いころ、向かいに、二人姉妹の女が住む家があったそうだ。
 もとはどこかの家中の侍の娘だったのが、浪人して、ずっとそこに住んでいたらしい。
 姉は尼で、妹は手習いを女の子たちに教えて世を渡っていた。

 姉のほうは、時々感情が不安定になることがあった。独りごとを言う時もあった。しかし普段は物腰の優しい人で、面と向かって語ればとりわけ気品があって魅力的だった。
 また、皆は知らなかったが、じつは見かけによらない怪力であった。
 あるとき、水汲みの男が、水甕の台をいいかげんに置いて水を汲み入れたことがあった。
「もう半分以上水を入れてしまったし、どうしましょう」
と妹が嘆くと、姉の尼がやって来て、水汲みの男を呼び、
「わたしがこの甕を持ち上げるから、言うとおりに置き直しなさい」
と言って、水をたたえた大甕を左右の手で宙に持ち上げた。水汲みの男はギョッとして、恐る恐る台を直すと、一目散に逃げ去った。
 筆者の母は、その一部始終を見たと語った。

 かつて姉は、さる方へ縁づいたけれども、夫の振る舞いに腹を立てたことがあって、夫を押さえつけ、上から大釜をかぶせて責め苛んだ。
 それを夫の兄弟が聞きつけて驚き、ついに離縁となって出戻った。
 やがて親が尼にして、その姿で妹の家に長く同居したのだが、やはり気分が荒れることが時々あり、妹を押さえこんで痛めつける。なにしろ力が強いから、妹はどうしようもない。
 結局、後には姉妹別れ別れになったとのことだ。
あやしい古典文学 No.1319