『大和怪異記』巻六「きつねばけそんじてころさるる事」より

化けそこね

 筑前福岡の城下から一里ばかり離れて、岡崎村というところがある。
 その村に住む何某という者が、ある日の夕方、城下に用事があると言って出かけた。
 ところが何某は、夜に入ってまもなく立ち帰り、
「先方からの使いと、途中で行き会った。来るに及ばないとのことだったので、引き返したのだ。なにしろ疲れたから、もう寝るぞ。おまえたちも早く寝るがよい」
と、寝間に入って横になった。
 その時の様子をたまたま見ていた下女が、妻女を呼んで耳打ちした。
「奥さま、変ですよ。ご主人は右の眼が潰れているのに、今の人は左の眼が潰れてました」
 驚いた妻女は、寝間から誘い出して確かめようと思い、
「下女が、急な腹痛を起こしました。薬をやってください」
と声をかけた。
「くたびれているのに、面倒なことを…」
と嫌々出てきて薬を取り出すのを見れば、なるほど、下女の言うとおり左の眼が潰れている。間違いなく化け物だと分かったので、
「さいわい腹痛も落ち着いたようです。もういいので、休んでください」
と寝させ、家じゅうの戸を厳重に閉ざしてから、妻女と下女で前後から挟み撃ちにして叩き殺した。
 死骸を見るに、たいそう大きな狐だったそうだ。
あやしい古典文学 No.1324