椋梨一雪『古今犬著聞集』巻之四「ねち金屋が事」より

ねじ金屋

 延宝五年のこと。

 江戸北八丁堀二丁目のねぢ金屋甚兵衛が、店内で客の相手をしているとき、齢六十ばかりの婆が、襷掛けのなりで仕切り戸のところに立ち、
「のう、甚兵衛。迎えに来たぞ。こっちへ出てこい」
と声をかけた。
 奉公人が大勢集まり、
「なんだ、この婆ァ」
などと罵りながら店の外に引きずり出したが、また戻ってきて、
「早く来い」
と言う。そこで今度は一丁目の石場まで引っ立てて、追い放った。
 この直後、甚兵衛は急に気分が悪くなって気を失った。薬だ鍼だと騒いで治療した甲斐もなく、その日の暮れに息絶えた。

 かの婆がどこの何者なのか、知るものはなかった。
 江戸じゅうに噂が広まって、
「ねぢ金屋の婆が来るよ」
と脅すと、泣く子が泣きやんだという。
あやしい古典文学 No.1333