柳川亭『享和雑記』巻一「築地怪異の事」より

知らせたのは誰だ

 築地飯田町に、加賀爪甚十郎という小普請の旗本があった。千百石取りなので用人も二人いて、交代で屋敷の泊まり番を勤めた。
 用人のうち一人は最近召し抱えた者で、まだ妻子が引っ越してきておらず、長屋に一人住まいだったが、その人が泊まり番の夜のことだ。

「留守の長屋に盗賊が入った!」
と、屋敷の門をせわしく叩いて知らせる者があった。
 門番はすぐに起き上がって、用人の住まいへ行ってみた。たしかに内で物音がする。そこで外から堅く戸を閉めて逃げ道を塞ぎ、大声をあげて人を呼んだ。
 皆があわただしく駆けつけるところに、部屋の内から戸を蹴破って、何ものかが飛び出した。
 あっ、と言う間もなかった。飛んだか走ったか、かき消えるがごとく、そいつは行方をくらました。
 破られた戸を調べると、赤黒の毛が夥しく付いていた。どうやら盗賊ではなくて、獺(かわうそ)が来たものらしい。
 近ごろ主人の甚十郎は、屋敷でカナリヤという外国の鳥を幾羽か飼ったが、それをあらかた取り尽したのも、この獣の仕業と考えられた。

 それはそうと、最初に門を叩いて知らせたのは、いったい何者だったのか。
あやしい古典文学 No.1338