下津寿泉『怪妖故事談』巻之三「労■ノ虫ノ事」より

労咳の虫

 労咳を患う人がいた。発病してから二年を経て、症状は重く、一日でも肉を食べないことがあると、堪えがたい腹痛がした。
 家族は病人を持てあました。感染も恐ろしいので、空き部屋に押し込めて食事を与えず、命の終わるのを待つことにした。
 それからの三日間は、肉食するどころではなかったが、ある人が憐れんで、鶏を一羽恵んでくれた。
 病人は、自分で鶏を煮て食おうとした。鍋でぐつぐつ煮て、そろそろよい頃合かと蓋を取って覗いたとき、突然くしゃみが出て、二尺ばかりの紅い糸筋のような虫が鼻から飛び出し、鍋の中へ落ち入った。
 病人は、とっさに手近の椀を取って虫を覆い、そのまま煮殺した。これによって、病は癒えた。
あやしい古典文学 No.1342